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これまでとは違う自分への不安

私が精神科医局に入ったのは1991年(平成3)年でした。35歳になってやっと大学病院の医局に入りました。年を取ったのにはわけがあります。その前に歯科医師になっていたからです。前にも書いたように私の家は父が歯科医師、母が内科・眼科医として地域医療を続けていましたので、(親に勧められた記憶はありませんが)自分の行く先として18歳の私は歯科医になろうと思いました歯科ハンドピース用 カートリッジ。そして、当時としてはちょっと「凝(こ)ったこと」を考えていました。
両親がともに在宅医療をしている姿を見てきましたので、今のように「在宅診療・訪問診療」の制度がなくても町の開業医は患者さんのいる家に出向くことが当たり前だと思っていたのかもしれません。自分でも「歯科医として在宅で寝たきりや認知症の人たちにこちらから出向いて診療することが大切だ」と確信していました。
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 でも34年前の話です。今とは違って便利な訪問診療機材がなかったため、実現にはほど遠く、私はとんでもない夢想家だと思われてしまいましたアマルガムミキサー 。「医師免許もないのにどうやって診るのだ」という批判を受けて医学部に再入学したのが1984年でした。
 やっとの思いで医局に入ったとき、先輩から聞かれたことがあります。「君は歯医者と医者になって精神科に来たんだから、何かやりたいことはあるの?」それにはこう答えました。
 「はい、私は口腔ケアをしてきましたから、在宅で療養する認知症の人のつらさを軽減する心理療法(カウンセリング)に力を入れたいです歯科用切削研磨セット 。症状が進んだ人には誤嚥(ご・えん)も防ぐために口腔ケアを行うつもりです」今ならこれを聞いた多くの医師はわかってくれると思います。当時の医局でも多くの先輩は理解してくれましたが、一部には「認知症は物事を忘れる病気で、そのことを本人は自覚などしていない。そんな人がなぜ悩んでカウンセリングを必要とするのか」という声があり、返す言葉を失ってしまいました。
 古い教科書には、年相応の物忘れ(健忘)の人には「物忘れをしていることに自覚があるけれど、認知症の人にはその自覚がない」と書いてありましたので、一部の先輩がそう考えるのも仕方がない時代だったのかもしれません。
 でも、実際にはそうではないのです。私の診療所に初めて来た患者さんが、いつの時点で自分の病気に気づいたか、分類したデータをご覧ください。
診療所の看板には「ものわすれクリニック」という通称を併記していますので、それを見た人が「自分や家族の物忘れを診てもらおう」と来院されることもあります。そのため、このデータは一般的な社会の状況ではなく、診療所に来た人の中での内訳にすぎません。それでも認知症、物忘れが気になって自ら来院する人が多いことに気づくでしょう。
 初診の時点で、自分がこれまでの自分とは違うことに気づき、専門医療の扉を自らたたくことは、とても勇気が必要なことです。2016年までの3039名を見ると、初診の時点で何らかの気づきを持って受診した人が1750人もいました。この人たちは「何もわかっていない人」などではなく、自分がこれまでの自分とは変わってきたことに不安や恐れを抱き、少しでも光を求めて医療に相談や診断を求めてくる人々です。言い換えれば、わたしたちみんなが「この人は不安や恐れの中で、こころに傷を持った人なのだ」と認識して、精神面のサポートをすることがとても重要なのです。
 どのような助言やサポートをすれば良いかを模索するより、まず大切なのはそのひとの気持ちを推し量って、耳を傾けること、すなわち「傾聴の姿勢」を示すことでしょう。認知症の人から勇気をもって自分のつらさを訴えられたとき、「私はあなたの言葉をしっかりと聞いています」と、傾聴の姿勢を示しながら、その人のそばにいる事こそが最も大切なことです。
 私のような医療者は、その人のこころが傷ついた時に傍(かたわ)らに寄り添っていくことができるか否かが重要です。認知症とともに生きる第1歩はそこから始まります。
 
 今でも忘れられない人がいます。もう20年ほど前に私の診療所にやって来た中年の男性でした。スーツを着て疲れた様子でした。私は「仕事の重責で不眠ですか?」と尋ねました。
返事がありません。うつ病の人も答えを返すまでに時間がかかりますが、眼の前のこの人の沈黙は10分以上続き、私は困り果てました。
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